学校長より
 
 
令和2年度上中だより第4号
「医師の志と家族の支え」 
校 長  堀田 明良 

梅雨空のもと、2階玄関横のアジサイが目を見張るような鮮やかさで青紫に染まりました。学校は6月1日から6月12日までの分散登校日の後、6月15日から生徒全員の登校が始まりました。新型コロナウイルス感染症に対応した「新しい学校の生活様式」での学校は、今まで通りとはいきませんが、生徒の安全のため、保護者や地域の皆様方におかれましてはご理解とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
 日本の医学に関わる一つの話を紹介したいと思います。世界で初めて全身麻酔による外科手術を成功させた人物は日本の華岡青洲(はなおかせいしゅう)という医師です。この手術は欧米の近代医学より約40年早く実施されました。華岡青洲は江戸時代中期から後期にかけて紀州藩(現在の和歌山県)で外科医を営んでいました。患者を診ているとき、苦痛を伴わず外科手術をできないものかと考えました。そして様々な薬草を集めて調合し、「通仙散(つうせんさん)」をつくりました。その後動物実験を繰り返し、実用化の見通しがついたのですが、問題は人間に効くかどうかと、その量はどのくらいが適切なのかということでした。そ
の壁を乗り越えなければ手術に使うことはできません。青洲は悩みました。その様子を見ていた青洲の愛する家族である母と妻が「私たちが……。」と申し出ました。うまくいかないと狂い死んでしまう人体実験を買って出たのです。青洲はもちろん断りましたが、二人とも聞きません。仕方なく青洲は最初母に少量の「通仙散」を使いました。母は軽く眠るくらいでゆさぶると目を覚ます程度でした。母は息子のために役立てたと満足し、青洲も母の無事にほっとしました。しかし妻は青洲が母に手加減していたこと見ぬきました。そこで妻は青洲と二人だけになると厳しい表情でこう言いました。「私で本当の実験をしてください。」青洲は覚悟を決めて妻の申し出を受け入れ、数度の実験の末、1805(文化2)年、世界初の全身麻酔を使ったがんの摘出手術に成功しました。この快挙は全国に知れ渡り、青洲も文字通り献身的な家族の支えの甲斐もあって、大きな壁を乗り越えることができました。そして多くの患者を救うことができ、多くの弟子を育てました。妻は夫の力になれたととても喜びましたが、実験の後遺症により視力を失ってしまいました。後年、青洲は妻を温泉に連れて行ったり、妻と一緒に人形浄瑠璃を楽しんだりしたそうです。また、青洲はこの功績が認められ、藩主から侍医(藩主の専属医師)として高い身分に取り立て、城下に来るように求められたのですが、「患者の近くで術を磨きたい。」と申し出、故郷の山村で治療にあたっていたそうです。
 華岡青洲の話は医療関係者の中では知られていましたが、有吉佐和子氏の小説「華岡青洲の妻」により一般に知られるようになり、映画やドラマにもなりました。アメリカ、シカゴには世界の外科医の栄誉を称える資料館に青洲とその家族の資料が展示されています。

 
 

・学校教育目標
「温かい学校 感動あふれる学校」

・目指す学校像
○時を守る ○場を浄める ○礼を尽くす

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